二条河原落書

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「人間の“命”の尊さとは、どこからくるものか」

「一人ひとりの“命”を大切にしよう」

悲惨な事件や事故で、“尊い命”が失われた時に、学校などで校長先生が全生徒を集めて訓辞を行なう場面が、テレビニュースなどで流れると、必ずといっていいほど登場するフレーズ。

いったい、いつごろから、この常套句は使われだしたのだろうか。

児童虐待:子供3人の背中にろうそく 母親と内縁の夫逮捕
 〔毎日新聞 2011年1月19日〕
 2~6歳の子供3人の背中にろうそくを垂らしてやけどをさせたとして、高知県警高知署は19日、母親の高知市中万々、無職、近藤絵理香容疑者(25)と内縁の夫で住所不定、職業不詳、山崎弘貴容疑者(21)を傷害容疑で逮捕したと発表した。
 逮捕容疑は、15日午後5時ごろ、近藤容疑者の自宅で、長男(6)と長女(4)、次女(2)の3人に1~2週間の熱傷を負わせたとされる。長男の背中には約20カ所、長女と次女も2カ所と8カ所にやけど痕があった。服を脱がせてろうそくを垂らしたらしい。2人は「朝起きたら部屋の障子が破けており、否定したので腹が立ってやった」と供述しているという。【黄在龍】

「無職」の女と「職業不詳」の男…この二人を、母親とか夫と呼ぶのは妥当では無い気がする。

野生の動物だって、自分が産んだ子には食べ物を与え、命懸けで危険から守り、巣立ちをするまで必至で育てるではないか。
それが、生き物の本能の成せる業だというのなら、自分の産んだ子に危害を加え、傷害を与えたり、死に至らせるようなものたちは、動物にも劣ると言わざるを得ない。

「“命”を大切にしよう」
そういう時の“命”とは、いったい何なのだろう?
結局は、「卵子と精子の結合の結果発生したヒト」の存在が維持されている状態のことしか、意味していないのではないのか?
(宗教として外してはならない真実の第一点目は)
「人間の本質は霊的な存在であり、その霊的な存在が肉体に宿り、地上で人生を送っているのだ」
ということです。
『救世の法』大川隆法・著 P.21~22〕

霊界(あの世)で、「魂(思い)」だけの存在でいるよりは、リスクが大きいとはいえ、この世での生を受け、数十年の人生を送る方が、魂の成長・発展のために役立つ学びが多いということで、私たちは何度も生まれ変わってくる。
人間は、肉体的に自立し、社会的なルールを身につけ、経済的自立を確立するまでに十数年以上かかる。
文化が成熟し、世の中が複雑になればなるほど、自立までの期間は長くなる。
それまで、一人ひとりの人間を育てる「親」の仕事は、たいへん重要なものなのだ。
そのことを知らずにいる日本人の数が増えてきているとしたら、恐ろしいことだ。

たった一つ、二つの細胞から、ヒトの肉体ができ上がることはもちろん神秘的なことであるが、その肉体を器にして、永遠の生命を与えられた「魂」が宿ることは、もっと神秘的で尊いことだと思う。
そして、この世での人生を許されて人生修行をすることの尊さ、貴重さがどれほど大きなものであるのか。
それを知った上で、「“命”を大切にしよう」と言うならば、それは正しい。

だからこそ、素晴らしい人生を生きようとしている人の命を、天寿を待たずに故意に絶つことは、他人の命であっても、自分の命であっても、許されないことなのだ。
神に与えられた地上人生を全うすることを妨害することは、悪なのである。

現代医学には、傷んだ臓器を、他人のものと交換して寿命を伸ばすことができる研究や技術まであるが、本当の生命の神秘は知らないままだ。
「脳死」状態の人が、本当に死んでいるのか、生きているのかを判定することもできない。

日本人はもう一度、真の「生命の神秘」を知るために、正しい宗教と信仰心を取り戻すべきだ。

 


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by rabbitfootmh | 2011-01-19 23:20 | 医療/生命倫理
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