二条河原落書

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カテゴリ:子育て/教育( 206 )

「“記述式”が裏目に出たようで・・・(^^; 」    

小中学生のプリント採点のバイトをやってますが、大人が予測もしないような答えや、「書いておけばいい」と、トンチンカンチンな文章を書く子は、珍しくありません。

それに、男の子の文字が乱雑!
女の子は、たいてい丁寧に書いてますが。
ケータイのギャル文字のように、漢字の偏と旁がバラバラのものとか、それそこ、「ミミズがのたくったような」筆圧の弱々しいのとか、筆順がめちゃくちゃというか、まるで図形を書くようにツギハギで漢字を書いて平気ですから、びっくり。
数字でも、「4と7と9」の区別ができないとか、ゼロを、時計の「6時」の位置からグルっと書くとか、「8」を逆回りに書いてるとか・・・(苦笑)

昨日も、ある男の子に「学校でもこんな字を書いてるの?」と訊くと、「うん!」
「先生に注意されないの?」 「先生は別になんも言わんから、それでええんちゃうかー」

オーマイガッ・・・あとで可哀相な目に遭うのは、子どもたちなのに・・・初等・中等教育の質が下がると、きちんと教育されなかった人たちの面倒をみる社会全体のコストがより大きくなるそうですよ(そりゃあそうだわね)

学力調査の中3記述式、採点難問 ×が○に、作業も中断
 〔アサヒコム 2007年06月15日〕
 小学6年と中学3年の約233万人が参加した全国学力調査の採点で、中3の記述式問題で正誤の基準が途中で変わったり、作業現場の責任者の判断が食い違うなど、混乱が生じていることがわかった。人材派遣会社から派遣された複数の採点スタッフが明らかにした。スタッフは「採点が肝心なのに、あまりにいい加減だ」と口をそろえている。
詳しい話は、元ネタの記事を読んでいただきたいのですが、なぜこういう「内情」がバレたかと言うと、『採点作業に参加した派遣労働者から、「事前に示された勤務数が大幅に削られ、見込んだ収入が得られなかった」との相談が「派遣ユニオン」に舞い込んだのがきっかけで、採点現場の一端が明らかになった。』ということで、「ねんきんあんしんダイヤル」と同じ構造ですわ。

急ごしらえで「スタッフ」を調達したり、横の連携がぜんぜんできてなかったり・・・。

そんなこんなで生じた「誤差」の合計や平均値は、データとして信頼に足るものなんでしょうか?

骨折り損のくたびれもうけ・・・っちゅーやつになるの?
「税金返せ!」ですよね。

ちなみに、コチラ↓は、東京都の独自調査の結果です。
学力テスト:平均正答率7割 都教育庁「おおむね良好」--1月実施 /東京
 〔毎日新聞 2007年6月15日〕



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by rabbitfootmh | 2007-06-16 16:20 | 子育て/教育

「漢文には儒教。それなら・・・」  

「西欧文学にはギリシャ哲学とキリスト教学をセットでどうぞ」

3月2日のエントリーのコメント欄でも紹介しましたが、私が中学生の時に習った英語塾の教師は、「西欧の言語を勉強するには、『聖書』の知識が必要」と、ほんの“さわり”だけですが、英文の聖書物語を教えてくれたものです。

ハリウッドの騒々しい映画を観るにも、キリスト教の知識を持っているのといないのとでは、理解の深さや面白さが違ってきます。(ハリーポッターなんかは、カンケーない・・・かな?)

『ダ・ヴィンチ・コード』の登場を待つまでもなく、西欧の文学の「思想的歴史的背景」には、ギリシャ哲学やキリスト教、あるいは、「デカンショ(デカルト、カント、ショーペンハウエル)」をはじめ、ヘーゲルなどの哲人が数多おりますから、それらを必修にするとか、ドイツ語教師には、ルター訳の聖書の勉強を必修にするとかしなければ、片手落ちではないのでしょうか?

【正論】加地伸行 儒教知らずに漢文を教える教員とは
 〔産経新聞 2007/06/13〕
 ところが、突如文部省が「中国哲学」という科目を「漢文学」の単位として認定しないと決めたのである。そしてなんと「中国哲学」は社会科の教員免許状の単位「哲学」に認定するとしたのである。
 これは文部省の無知と誤解とが最大原因である。「漢文学」とは、「漢文」に関する「学」、すなわち「漢文で書かれた文章」に関する「表現や語法、思想的歴史的背景などを体系的に組織した学」という意味である。だから、中国哲学における儒教や老荘思想といったものを学習することが当然に必要であり、そうしてきたのである。

 ≪「漢文」学と「漢」文学≫

 ところが、文部省(事実は審議する専門委員の学者たち)は、その無知からなんと「漢文学」を「漢」の「文学」、すなわち「中国」の「文学」と大誤解し、「中国哲学」は「漢文学」にあらずとして追放し、「中国文学・語学」のみを「漢文学」として認定すると決定したのである。
 もちろん、われわれ中国哲学研究者は猛反対したが、彼らは強引に押し切った。そして20年。結果はどうであったか。

 儒教も老荘思想も中国史も知らない国語教員が漢文を担当しているのである。教えられるわけがないではないか。これがわが国の古典教育のザマなのである。
だいたい、「儒教」というのは、哲学ではなくて、宗教だという説もあります。
「君子」というのは、完成した人格を持つ人・・・つまり、仏教でいうところの「覚者(ブッダ)」に近いものではないのでしょうか?
 と書いていて、たまたまこういう記事と出会った(産経新聞夕刊5月26日付)。マルクス主義経済学者だった故大内兵衛・元東大教授が、昭和13年、治安維持法違反容疑で警察に拘置されたとき、同じく拘置されていた共産党員の求めに応じて作って贈った「漢詩」が三鷹市の社会運動資料センターで見つかったと。そしてその全体が写真入りで紹介されていた。
 しかし、それは「漢詩」ではない。漢詩というならば、漢詩の作法(韻や平仄(ひょうそく))に従わねばならないが、読むとまったく作法に合っていない。よく言えば漢詩の七言絶句風にして書いた漢文である。悪く言えば、漢詩もどきの漢字陳列である。それを「漢詩」と紹介する若い記者は、現行の不十分な漢文教育を受けた犠牲者といえようか。
大内兵衛氏の「漢詩」がどういうものかは知りませんが、加持氏の言うような堅苦しい?「漢詩の作法」が確立したのは、唐の時代以降に定められたもの(近体詩)であって、日本で編まれた『懐風藻』に収められた漢詩などは、まだ厳格に韻律を踏んでいないのでは?
 国語における古典教育、わけても漢文教育の重要さとは、なにも四字成語をはじめとして、古典の物知りを作ることではない。明治以後の現代国語の骨格となる論理性を作ったのは、漢文脈なのであり、その漢文脈は漢文学習によって身につくのである。
 明治初年から敗戦に至るまでの公文書における漢文脈を抜きにして、近代日本人の論理的思考の展開はなかったといって過言ではない
えーーーっ?! それって、マジで言ってますか?(^^;

蛇足ながら、25年前に私が中学の国語の教員免許を取得する際に習った「漢文」は、『論語』や『漢詩』でもなく、「四書五経」や「大学」などでもなく、『項羽本紀』のごく一部でありました(笑)
中国史も、高校でざーっと習ったのが最後です m(_ _)m

※補足(6/16)
大内兵衛氏の「遺作」の軸の写真が載った記事が、四国新聞のサイトに残っていました。
警察でつづった漢詩発見/69年ぶり、大内兵衛氏遺作〔2007/05/26 08:26〕
 朝見梟盗摧銕錠
 夕聞王師圧徐州
 誰云幽囚必徒然
 別有史眼壷中濶

 「とらわれの身では何もできないと人は言うだろうが、自分には歴史を見る目が備わっており、留置場に閉じ込められても、狭苦しいとは思わない」との心境を伝えている。

※参照ブログ
♪政治犯は~気楽な稼業ときたもんだ!
 〔「社怪人日記2007  2007-05-27〕


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by rabbitfootmh | 2007-06-14 23:57 | 子育て/教育

「“こうのとりのゆりかご” その後・・・」      

★補足★
マロンママさんからの情報(当エントリーコメント欄)で知ったのですが、下記エントリーに引用した産経新聞の記事とまったく同じ記事が、「中国新聞」にも掲載されています。(見出しまで同じ)
 ◇相談次々「救われた命も」 赤ちゃんポスト1カ月
 〔中國新聞 '07/6/10〕

共同通信ネタでもなさそうなので、どちらかが盗作した・・・?!(6/13補足書き込み)

--- --- --- --- ---

「こうのとりのゆりかご」の地元紙、熊本日日新聞()は、ずっと特集記事を組んでおり、一貫して感情論を抑えた論調であるのに比べ、同じ題材でありながら、産経新聞の記事はセンセーショナルな感じを受ける。

ワイドショーみたいな、当事者の発言をそのまま採録した「ドキュメンタリータッチ」の文章のせいかも?
 Webサイト閲覧には、無料会員登録が必要

相談次々「救われた命も」 赤ちゃんポスト
 〔産経Web 2007/06/09〕
 病院や設置を許可した熊本市には、妊婦らの切実な声が次々と寄せられ、最大の目的は相談してもらうことだとする関係者は「救われた命もあり、設置には意義があった」(蓮田太二・慈恵病院理事長)と受け止めている。

 5月26日に熊本市内で開かれたフォーラム。「生まれた子は穴を掘って埋めよう、と思いながらも電話してきた方が2人いた」。蓮田理事長の言葉に、会場は静まり返った。

 報告によると、相談してきた熊本県外のある女性には離婚歴があり、3人の子どもがいた。結婚予定の男性と同居、妊娠していたが、男性は妊娠39週になって急に行方をくらましたという。

 「育てられない。どうしよう」。ある日の夕方、病院の相談電話に女性の追い詰められた声。「すぐにおいでください」と、職員に促された女性は5時間後に病院へ駆け込み、その1時間後に出産した。

 未成年での妊娠、経済的困窮、男性の不在…。運用開始から7日までに慈恵病院にあった相談は91件。講演の依頼も多い。「学生が研究テーマにしたい、と訪ねてくる。社会が命について考えるのに一石を投じた」と田尻由貴子看護部長は喜ぶ
実際にナマで話を聞いたわけではないので、「喜ぶ」という様子だったかどうかは分からないが、適切な表現ではない気がするが・・・。
下の「熊日」の記事と比較してもらいたい。

各団体シンポジウム 社会への問い掛け重く
 〔くまにちコム 2007年6月7日〕
■無惨な姿

 会場が静まりかえったのはシンポジウムの冒頭、杏林大医学部の佐藤喜宣教授が映したトイレに産み落とされた赤ちゃんの写真。写真はぼかしてあったものの、衝撃的な内容に息を飲む参加者もいた。

 佐藤教授は子どもの虐待死が年間約百三十件に上ることなどデータを示しながら、「無残な姿、悲しい姿を見ないと、机上の空論になる」と、虐待防止の立場から「ゆりかご」の意義を訴えた。

 慈恵病院の田尻由貴子看護部長は、妊娠した女性の立場から必要性を強調。妊娠三十九週の女性が結婚予定だった男性が蒸発し、相談後すぐに来院、一時間半後に出産したという実例を挙げ、「妊娠相談の情報が困っている人たちに届いていない」と述べた。

 鹿児島市で産婦人科を開業し、十三年間、児童相談所と連携しながら特別養子縁組制度に取り組んできた堂園晴彦医師は「特別養子縁組を望む親の中には、『育てられない』のではなく、子どもが生まれてくることを望まない、早く忘れたいといった『育てたくない』という親もいる」と発言。母親への支援の必要性を強調した。
相談増加「命救われた」 運用1カ月
 〔くまにちコム 2007年6月9日〕
 同病院には運用開始から七日までに電話相談が九十一件。同市が五月七日に始めた二十四時間対応の妊娠悩み相談電話などには、八日午前までに百五件(来庁含む)が寄せられた。県女性相談センター(同市長嶺南)の「妊娠とこころの相談」にも、五月だけで昨年度全体の三分の一にあたる二十五件で「異例の数」(同センター)。

 この日、報道陣の質問に答えた同病院の田尻由貴子看護部長は、新潟の女子高生がトイレで産み落とした男児が死亡したケースを例に、「実際に同じような境遇の女性から電話があり、赤ちゃんの命が救われた」と、相談の重要性を強調


「新潟の事件」・・・
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by rabbitfootmh | 2007-06-10 12:33 | 子育て/教育

「うじやんのこと、そんなにいじめんといたってぇや! (*`∧´)」   

日本の公教育は、「事なかれ主義」の官僚主義に支配されてますね。
「お上」に逆らうのが好きな日教組が、なんでその風潮を助長するような方向へ行ってしまうのかも、疑問です。
あ、日教組も公務員の集まりでしたね。

【コラム・断】あだ名を禁止してどうする
 〔産経イザ! 2007/06/02〕
 子供がおられる方には常識かもしれませんが、あだ名を禁止する学校が増えているらしいですね。僕は最近まで知りませんでした。あれはいったい何ですか? 人を傷つけるようなあだ名は、もちろんつけるべきではないです。でも禁止にしていじめがなくなると本気で思ってます?

 聞いたところによると、学校では名字で呼んで、学校から帰るとあだ名で呼び合っている子供も多いらしいです。あだ名で呼び合うほうが仲良くなります。学校も気づいているでしょう。なにかあったときのために学校では禁止にしてるんですか?
うちの子の小学校では、もちろん、名簿は「男女混合」で、先生が子供を呼ぶ時も、子供同士で呼び合う時も、男女を問わず「○○さん」です。

男の子は「△△くん」と呼んできた私は、子供たちの話を聞いてると、時々途中で「え?」と頭の中がこんがらがることがあります。

例えば、まったくのフィクションですが、こんな感じ・・・

 「今日、○○さんが、△△さんのこと叩いてなあ、ほんで△△さんが泣いてんでぇ。
  男のクセに、ホンマあいつはよわっちぃなあ」

 え? △△さんは男の子? んでもって、○○さんは女の子?・・・・

確かに、「言霊(ことだま)」の呪力は効果があるのかもしれませんが、そんなことで、本物の「男女平等」が実現するはずはないと思うんですけどねぇ(^^;

その逆?で、「あだ名禁止」ですか?
あだ名をとやかく注意するより、「死ね! 消えろ!」とか言うことを禁止した方が、いいと思いますけど?


ところで、このコラムを書いてる宇治原くんは、こういうことも言ってます。
 僕も名字を見ていただければもしかしたらわかるかもしれませんが、いやなあだ名がついたことはあります。でもそれでけんかしたり、先生やクラスメートが本気で怒ったりすることが、とても意味のあることだとおもいます。

 あだ名に関して本当に悩んでいる方にはすみません。でも禁止にしたって心の中であだ名をつけられていたら、同じことではないかと思います。

 だいたい、将来漫才師になりたいという子にとっては、「昔こんなあだ名つけられた」というおいしい話が1つ減ってしまいます。まあそんなことはどうでもいいか。
友達づきあいの中で経験したイヤな思いも、人生のスパイスにしてしまえる、というように、私は読み取ったのですが、それをこんなふうに解釈した人もいるようで・・・(◎_◎)

つづきを読む....
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by rabbitfootmh | 2007-06-04 19:23 | 子育て/教育

「夫は要らんが、子供は産んでおかないと・・・?」

前々エントリーの「元・元ネタ」記事が、Webの方にアップされました。

うーん・・・片山部長がおっしゃるような「ママさん」かどうかの記者のバックグラウンドなんか、ぜんぜん関係無い内容なんですけど?(苦笑)

何人かの女性たちのインタビューを「おいしいとこ取り」でパッチワークして並べてあるだけだし、それも特に新鮮味のある話じゃないし・・・今さら、何のこと?って感じですよ。

丸の内OL向け「少子化講座」満員人気のワケ
 〔産経イザ! 2007/05/26〕
 東京の都心でOLらを対象にした少子化に関する講座が盛んだ。
「講座が盛んだ」? ヘンな日本語(笑)

「講座が花盛りだ」かな、と思ったけど、講座は一つきりみたいだし、各回の「定員70人」が満席で「盛んだ」と断定的に書かれてもねぇ。
「ああ、そうなの?」と言うしかありません。(1回目は定員50人だったみたいだし)
「30代以上、未婚・子ナシは負け犬」とつづった酒井順子さんの著書のヒット以降、20代の女性に結婚・出産意欲が高まっていることが背景にあるらしい。
そうなんですか? 浅学寡聞にして知りませんでした。
少子化問題を取材するライターからは、「女性自身が『産み時は選べない』という事実に気付き始めた。それだけでも一歩前進」という声が聞こえる
そのライターって、いったいどこのだれ?(苦笑) 声が聞こえる? 天声?
それに「一歩前進」って、何に向かって前進? 少子化解消に向かって?
 日本を代表するビジネス街の東京・大手町や丸の内、有楽町のまちづくりを行うNPO法人「大丸有エリアマネジメント協会」は、2月から7月まで4回シリーズで「丸の内OLのための少子化講座」を開催している。

 少子化ジャーナリストの白河桃子さんが発案し、事務局の山田裕希子さん(30)が「出産したらキャリアに影響するのでは、と尻込みする女性が多い」という現実を踏まえ、企画した。
「少子化ジャーナリスト」? なんじゃそりゃ?

あ、エキサイトが宣伝やってたのね、この講座(^_^)
有名人の講演がメイン? ん? 文科省がかんでるの?

参加費1000円で「フリードリンク付」・・・めっちゃおいしい講座やん!
エキサイト恋愛結婚の公式ブログ「女性会員座談会 彼女たちの恋愛本音トーク」の執筆者であり、未婚・晩婚・少子化のジャーナリストである白河桃子さんが、各界で活躍中のゲストをお招きして語り合うトークセッションです。仕事に恋に頑張る女性なら見逃せない、お役立ち情報が満載!

第2回のゲストはあの人気ドラマ「結婚できない男」の安藤プロデューサーをお迎えして、ドラマ制作の思いやリサーチの実例、「結婚しない・結婚できない」男性たちの胸の内をたっぷりお聞きします。

  ★当日、抽選で30名様に超豪華プレゼントもあります!
「産める体を維持する」講座
す、すごおい・・・! (^^;
 毎回約70人を募集し、開催1週間前には満席になる。特に1回目(2月6日)は、柳沢伯夫・厚生労働相の「産む機会」発言(1月26日)の後、応募者が急激に伸びた。
結局は、「負け犬」になりたくない女性心理を煽ってるだけなんじゃ・・・?
 講座に参加した女性(43)は「結婚以外のものを求めて仕事に没頭してきた。でも、ふと気付いてみると、家庭といったものが何一つなくてがくぜんとした。もう一度30歳に戻ったら、今のような選択はしていなかったかも」と語った。
「家庭といったものが何一つなくて」って、どういう意味かよく分かりませんが・・・。

あ、白河桃子(とうこ)さんは、「NB Online」で連載コラムを書いてらっしゃいまして、こっちの方がずっと面白いですよー。

イザ!の記事は、「OL講座」を企画している人たちの意識とはズレてるのかもしれない・・・という気がしてきました・・・というか、ぜんぜん違う方向へ、無理矢理こじつけて引っぱっていってませんかあ?

白河さんのコラム読んでると、「ママさんライター」の記事がいかに「表面的」かがお分かりになるかと思います。
 男にとっての「モテ」は、不特定多数にモテること。女にとっての好ましい「モテ」とは、最終的にいい男を1人ゲットすれば事足りる。この差は大きい。それは、遺伝子を遺すために費やす時間の差だから仕方がない。オスの生殖は精子をばらまく一瞬で済むけれど、メスは1カ月に1回しか排卵しない卵子に受精させ、10カ月妊娠していなければいけない。

 生まれたあとも、人間の子供は動物と違ってすぐに立てるようになるわけではない。生殖に時間がかかり、チャンスも限られるのだから、女性が相手選びに慎重になるのは当たり前なのだ。モテ談議をすると男性に批判されるのは、結局女はすべての男にひれ伏すわけではない…というのが、男性には一番頭にくるところなのだろう。
 〔「男性のターゲット設定その1」より

そうだ、「ママさんライター」の表現が「差別的」かどうか、各論あるでしょうけれど、松田聖子さんとか安室奈美恵さんに対して「ママさんシンガー」とは誰も言わない(誰か言ってた?)・・・ってことと比較してみて下さい。



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by rabbitfootmh | 2007-05-26 11:54 | 子育て/教育

「アメリカ流がすべて良いとは言わないけれど・・・」

アメリカで子育てをした経験のある友人に聞いた話では、スーパーで、幼い我が子が飲料のビンを棚から落して割った時、店員がすぐさま飛んできて、「ケガは無いか?!」と尋ねたという。

日本人の母親としては、商品を損なったということで恐縮しているわけだけれど、店員はそんなことはぜんぜん気にも止めていない様子。
で、「ザッツ・オーケー」となったのかどうかは知らないけれど、弁償もせずに帰宅したら、スーパーから電話が掛かってきたという。
恐る恐る聞いていると、「子供にケガは無いか? もしケガでもしていて、うちを訴えたりはしないか?」と、えらく心配していたのだとか。

【外信コラム】ポトマック通信 選ぶのはあなた
 〔コラむのニュース:イザ! 2007/05/16〕
 子供たちが米国人の思考や感情表現を驚くほどの速度で吸収している。例えば、スーパーで7歳の息子が飲んでいた飲み物を床に落として買い物客の視線を浴びたので、「謝りなさい」と注意すると、「なぜ、『ザッツ・オーケー(大丈夫だよ)』と言わないの」と4歳の娘が横やりを入れてきた。保育園の先生は必ずそう言うという。
別の知人は、スウェーデンで、幼い我が子が靴屋で商品の靴で遊び始めたので、その場で「いけません!」と叱ったところ、年配の女性店員がやってきて、「虐待しているのではないか?」と、親の方が詰問されたとか。
「違う」と説明をしてもなかなか信じてもらえず、「警察を呼ぼうか」とまで言うのだそうだ。

その知人、子供が病気になって病院に連れていったところ、子供のお尻の「蒙古斑」を虐待のアザだと思われて、さんざん疑われたともこぼしていた。

日本は子供に優しい、寛容だ、と昔は言われいた国らしいけれど、いつの間にか、「子育て後進国」になってしまってるのかもしれません。

虐待はもちろんいけませんが、逆に、30歳過ぎても親が子離れしないで干渉し続けるような親子関係も、子供の自立を阻害し、人権を侵害しているのでは?

そうそう。最近よく似た話で、齋藤孝氏の『教育力』という本の中に、料理評論家の服部幸應氏の、アメリカの幼稚園での体験というのがありました。(同書P134)
幼稚園児たちが、プラスチックのナイフを使ってサラダを作り上げると、先生が「Good job!」と褒めちぎっていた・・・という話です。
「他人のためにいい仕事をすることが喜びである」という体験をさせているのでは、というオチでした。


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by rabbitfootmh | 2007-05-25 23:59 | 子育て/教育

「国がまず手をつけるべきは、親より教師では?」

『柔らかい 個人主義の誕生』を書いた山崎正和氏が、「教育」に関してどのような具体策を考えておられるのか、マスコミ情報ではいま一つ伝わってはこないのですが、今日の産経の「主張」は看過できませんね。

【主張】教育再生会議 親学と徳育は喫緊の課題
 〔産経新聞 2007/05/17〕
 道徳教育について、中央教育審議会会長の山崎正和氏は先月下旬の講演で「個人の意見」と断りつつ、「教科書を使い、試験をし、採点をするという教科の範囲の中では無理がある」「現在の道徳教育も要らない」などと述べた。さらに、「道徳は教師が身をもって教えることだ」とした。

 すべての教師が身をもって子供に道徳を教えられるような大人であれば、道徳教育は要らないかもしれないが、現実はそうではない

 現行の道徳の時間は昭和33年に設けられ、小中学校で週に1時間行わなければならないとされるが、日教組の反対闘争もあり、形骸(けいがい)化している。
国が、一つひとつの家庭に介入して、子育てについて「手取り足取り指導?」するなんて不可能だし、もし可能だとしても、やるべきではないんじゃないか? 中・朝みたいな共産主義独裁国家ならOKでしょうけど。

それよりは、学校の先生を「尊敬に値する人物」にすることが、国の仕事じゃないんでしょうか?
少なくとも、「国公立学校の教職員」の質の維持は、国が努力してやってもらわないと。

んでもって産経さん、本当に「親学」が必要な親は、新聞読んだり、テレビでニュースを見たりしてませんからね、たぶん。新聞が口角泡飛ばして「親学! 親学!」と叫んでも、DQN親の目や耳には届いてないと思いますよ。

 ※参照ブログ
山崎正和 on 道徳教育
 〔Living, Loving, Thinking 2007-04-27〕

つづきを読む....
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by rabbitfootmh | 2007-05-17 12:05 | 子育て/教育

「特待生の存在を知らなかった?(笑)」

なんちゅーか、日本ではアメリカさんから輸入した「野球」が、柔道や剣道と同じような「野球道」になってしまってるんですよね。
あれを「スポーツ」だと考えるから、おかしなことになるんであって、「精神論」を貫こうというなら、いっそのこと相撲と同じように、“外野”がごちゃごちゃうるさく言おうがなんだろうが、「タテマエ論」でガンガン押し切ってしまうべきでしょうね(笑)

今さら、な気もするんですが・・・高校野球の「大阪の優勝候補」と言えば「PL学園」という時代が長らく続いていました。
それが最近、あまり知らなかった地方の高校の名前がどんどん増えてきて、その理由が「野球留学生」の存在だと気づくまでに、そんなに時間はかかりませんでした。しかも、「大阪は強豪校が多いので、出場のチャンスが少ない」というので、大阪からどんどん地方の学校へ人材が流出しているという事実・・・。

プロ野球にも高校野球にも、あまり興味の無い私にさえすぐ分かるんだから、本家本元の「高校野球連盟」のおエライさんたちが「知らなかった」はずもなく・・・(苦笑)

特待制度 神奈川県内16校に 春季県大会相次ぐ辞退『経済的理由の部員も』
 〔東京新聞 2007年5月3日〕
 ある校長は「強豪校では野球留学がめずらしくなく、特待制度も当たり前だ。高野連が知らなかったわけがなく、混乱の責任は高野連と私たち大人にある」と話す。別の学校の副校長は「野球憲章に従うと、スポーツ特待生や奨学生から、野球だけを除外しなければならず、逆におかしなことになる」と影響を心配していた。
その一方で、「高校生の本分は勉強」という、文科相の発言も「なんだかなあw」なんですけどね。

特待制度:文科相が「教育の本筋から外れる」と批判
 〔毎日新聞 2007年5月7日〕
 伊吹文明文部科学相は7日の衆院教育再生特別委員会で、日本学生野球憲章違反の野球を理由にした特待制度を多数の高校が実施していたことについて「野球の能力がある生徒を集めて校名を上げようというのは、少し教育の本筋から離れているのではないか」と述べ、違反校の対応を批判した。横山北斗氏(民主)への答弁。
「校名を上げ」たいのは、もちろん、学校側の都合ですけど、国語であろうが数学であろうが、野球であろうが、子供たちを「高み」へ導くための道筋は、いろいろあるわけで、野球を通じて「努力することの大切さ」とか「先を見通す力」とか「人生のなんたるか」を教えることができるならば、それもまた立派な「教育」なのではありませんか?

子供たちを「育てる」のは、個々の教師(学科の担当だけではない)たちであって、「制度」でできることではないと思います。

いっそのこと、今年の「夏の甲子園」大会は、強豪校がごっそり出場を辞退して、地元学生ばかりの公立高校の野球部だけで、「清く正しく美しく」やってみてはいかがでしょうか?(笑)


・・・・って、この問題の震源は、「プロ野球」の裏金問題でしたよね (・_・)?



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by rabbitfootmh | 2007-05-13 09:31 | 子育て/教育

「いったい子どもたちに どうしろと・・・?」

一所懸命勉強して一流大学に入学・卒業し、「エリート」と呼ばれる職業に就いたら、「テストの点数が良くても、人間としては未熟だ。頭デッカチだ」とけなされ、勉強よりもスポーツに打ち込んで頭角を現すようになると「スポーツバカだ」と陰口をたたかれ・・・。

いったい、この日本という国は、国民にどういう人生を歩めと言うのでしょうか?
一億二千万もいる人間一人ひとりの生き方に対して、お節介すぎやしないですか?
(マスコミが不勉強で、あっちの言説、こっちの言い分と、無責任に吹聴しているだけであることも、混乱の原因でしょうが)

今夕のMBS『ちちんぷいぷい』で、石田英司さんが「大学飛び入学制度10年」という話を取り上げていたのだが、聞けば聞くほど「あほらし」という気分になってしまった。

「飛び越せる」のは、高校3年の1学年分だけ。しかも、「高校中退」扱いで、もし、大学に入学したものの挫折して、大学を卒業できないとなると、学歴は「中卒・高校中退」扱いになるとのこと。
本人よりも、「我が子の将来」を心配する親の方に、制度利用に二の足を踏む心理が働いているのでは、と千葉大学の関係者は言っていました。

そういえば、「高等学校卒業程度認定試験(旧・大検)」も、いくら早く資格を取っても、18歳にならないと実際には大学に入学できないのでしたっけ・・・結局、どこかで「足踏み」をさせられるわけです。(まあ、もともと、何らかの理由で高校を卒業できなかった人に対する救済措置として始まったものではあるのですが)

「飛び級」の方は、制度ができて10年も経っていながら、この制度を利用した(できた)高校生は、50名程度。
最初は、理数系の学科だけで認められていたのが、今は文科系の学科に受け入れる大学もあるそうですが、今のところ、入学者はゼロ・・・。

千葉大学で飛び級入学の第一号となった人は、今、某自動車メーカーの研究室で働いているそうですが、「暗記中心」のような勉強をしているところから、いきなり「思考力」を問われるような授業についてゆくのは、大変だったと告白してました。
(「特別な生徒」という周囲からのプレッシャーもかなり強く感じるようです)

千葉大は「飛び級入学」してきた学生たちに、特別な教育体制を敷いているとのことで、導入する大学側に、かなりの負担が強いられるという現実もあるそうです。


なんというか、長い人生において、その人の能力がいったい何歳頃に伸びるのか、才能が結実する時がいつやって来るのか、そんなことは本人にも分かりません。
「早熟がいい」とも一概には言えません。人生の道筋は、「単調な右肩上がりのグラフ」では描けるものではありません。

もっと、柔軟性のある「学習環境」を、子どもたちにはもちろん、大人にも与えられる社会(制度)は、作れないものでしょうか?

せっかくこの世に生まれてきて、最低限「人に迷惑をかけない人生」・・・願わくば、「自分で自分自身の成長を確認できる人生」、さらに上を望むなら、「なにかしら他人のために役立つ人生」を送りたいとは思いませんか?

こういう話↓を読むと、その思いがますます強くなります。

71歳男性、難解方程式で新発見 第2の人生で数学博士号
 〔産経iza 2007/03/11〕
 企業を定年退職後に大阪大で数学を学び、研究してきた71歳の男性がこの春、博士号を授与されることになった。研究内容は世界の最先端として高い評価を受けている。若手の活躍が目立つ数学では60歳を過ぎて学び始め、論文を書く人は極めてまれだ。
 大阪府池田市の金子和雄さん(71)は大阪大大学院で機械工学の修士課程を終え、企業の技術者として蒸気タービンの設計などに携わった。9年前に定年退職。「まだ何かできそうだ」ともう一度勉強する決心をした。



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by rabbitfootmh | 2007-05-09 23:57 | 子育て/教育

「“健全な子育て”が母親次第なら、父親は要らないよねw」

二つの新聞の「社説」の、なんと両極端なことでしょう(笑)
同じ事象を、左から見るか、右から見るかで、ぜんぜん方策が違ってしまうんですね。

社説 「こどもの日」に/育児の負担を減らす社会に
 〔河北新報 2007年5月5日〕
 日本の父親はまだまだ子どもと一緒にいる時間が少ない。各国と比べると、タイのほぼ半分、アメリカやスウェーデンの70%程度だ。しかも最近、さらに減少する傾向にある。
 独立行政法人の国立女性教育会館が昨年、国際比較調査をまとめた。その結果が示すのは、家庭での相変わらずの「父親不在」。
 (中略)
 一方で、日本の母親が一緒に過ごす時間は7.6時間と最も長い。その差は4.5時間もあり、韓国(4.4時間)と並んで飛び抜けて大きい。
 調査結果では、日本の父親の41%が「子どもと接する時間が短い」と悩み、10年前より13ポイントも増えた。若い世代はその上の世代よりも子どものことを考えるからこそ、かえって悩むのではないか。
 (中略)
 家庭だけに責任を押し付けるのではなく、逆に家庭の負担をできるだけ軽くしてやることが必要だろう。それが、決して家庭が責任を放棄することにつながるわけではない
 子育ては確かに大変だが、負担が増すばかりではやはりおかしい。「以前は大変だったけど、今はよくなった」。そう言われる社会を目指すべきだ。
【主張】こどもの日 母子の語らい考える日に
 〔産経新聞 2007年5月5日〕
(抜粋)
 昭和23年に公布・施行された「国民の祝日に関する法律」には、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」とうたわれている。「母に感謝する」というところは祝日の趣旨の急所だが、いま案外見過ごされていないだろうか。

 それはわが子を虐待する母親に象徴される、感謝されるべき資格もない母親が増えたことと、仕事に追われて子育てに十分手をかけられず、子供から感謝されてしかるべきなのに感謝してもらえない母親が増えたという二重の意味においてである。
 (中略)
 働く女性が増えたのは時代の流れであるが、忙しさのあまり母子のコミュニケーションが細くなっているとすれば気がかりだ。もちろん子育てには父親の役割も不可欠ではあるが、子供の心の成長には母でなければできないことも少なくない

 子供への母性愛は生物的なベースとして厳然としてある、と主張する脳科学者もいる。それは至近の何十年間の子育てについての考え方や、その評価のモノサシをはるかに超えて、数千万年という霊長類の進化によって裏付けられている。

 こどもの日を機会に、日ごろ仕事に忙殺されているお母さんには、互いの心にこだまし合うような母子語らいの時を心して持ってほしい。
うーん・・・仕事を持っていない母親でも、「父親不在」のPTA活動で「土・日・祝」も夜遅くまで忙しくて、子どもだけで留守番させたりしてるんですけど?

「母親に感謝する」って、「子どもが母親に感謝する」んじゃなくて、「国(社会)の宝を育てている世の母親たちに対して、周囲が感謝をする」ということですよね? 「子どもが母親に」なら、「母の日」があるんだし。

それから、サンケイさんは「脳科学」がお好きですけど、それって本当に信用して大丈夫なんですか? 「数千万年という霊長類の進化」って、きちんと証明されてましたっけ?
「トンデモ科学」の部分も、あるある・・・じゃないですか?(笑)


 ※参照ブログ
最近の若者は・・・
 〔Chase Your Dream ! 2007/05/05〕

 コメント:まったくもって「その通り」です(^^)


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by rabbitfootmh | 2007-05-06 23:57 | 子育て/教育
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