二条河原落書

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「健全な動機に基づく、正しい方向への努力は報いられる」

「第三の道」を考えて見ましょう・・・という声が、日本ではなかなか出てこない。
出てきているのかもしれないけど、それを、マスゴミは無視しているのか、気づかないのか、取り上げないんでしょうね。

白か黒か、右か左か・・・人間の世界って、そんなに単純なものではないし、Aさんには「正解」でも、Bさんには「間違い」という場合もあるし。

「頑張れば夢かなうは幻想、傲慢」 山田太一発言ネットで大反響
 〔J-CASTニュース 22208/02/17〕
「頑張れば夢はかなう」とは良く聞く言葉だが、脚本家で作家の山田太一さんが雑誌のインタビューで「(これは)傲慢だと思っている」「頑張れば何でもできると思うのは幻想だ」などと発言したことが大反響を呼んでいる。インターネット上でも「その通り」という意見から「頑張らなければそこでおしまいだ」という意見まで様々だ。
山田太一さんのインタビューが掲載されたのは2008年2月19日号の『日経ビジネス アソシエ』。「あれもこれもやろうとしているビジネスパーソン」にむけたメッセージ、らしい。(特集のテーマが『できる人の「しないことリスト」』ということで、それにそったインタビューだったわけね )

「J-CASTニュース」が引用している部分を、さらに転載(笑)すると・・・
 『あきらめるな』とよく言います。だから誰でもあきらめさえしなければ夢がかなうような気がしてきますが、そんなことはあまりない。頑張れば何でもできると思うのは幻想だと僕は思う。成功した人にインタビューするからそうなるのであって、失敗者には誰もインタビューしないじゃないですか。

そんなにうまくいかないのが普通なんです。その普通がいいんだと思わなければ、挫折感ばかり抱えて心を病んでしまう。

僕は一握りの成功者が『頑張れば夢はかなう』と言うのは傲慢だと思っています。多くの人が前向きに生きるには、可能性のよき断念こそ必要ではないでしょうか。

私は、元の文章全体を読んだわけではないので、ごく一部だけ取り上げても誤解を生むだろうし、「幻想」「傲慢」「可能性のよき断念」という言葉に、山田太一氏が、自らの長い人生の中でつかんだ、深い意味があるかもしれないし、このインタビュー自体には、あまり深入りしません。

まあ、「固定概念を捨てろ」くらいの意図で、発されたんじゃないかと、推測しますけど(^^;

凡人であっても「頑張れば夢はかなう」の代表格は、『プロジェクトX』かもしれない(笑)
「最近の若者は、我慢ということを知らん」と、お怒りの壮年世代のオジさんたちが多い時代に、「あきらめも大切だ」という山田氏の発言は、禅の「一転語」みたいなものか。
その発言を受けて、「はてな」や「2ちゃん」で、ちょっと盛り上がったらしい。

それにしても・・・たくさんある山田太一脚本のドラマを、『ふぞろいの林檎たち』も含め、私は、ほとんど見たことがない(苦笑)
『藍より青く』(NHK朝ドラ)は、テーマソングはなぜか覚えてるけど、小学4年生だったし、『獅子の時代』(NHK大河)は、菅原文太と加藤剛が出てたのは、おぼろげに覚えてるけど、どんな話だったか、ぜんぜん思い出せない。このあたりから、大河ドラマも見なくなってたかなあ。


ただ、「頑張れば夢は叶うか、否か?」の議論の前に、「夢」とか「頑張る(努力する)こと」や、「成功」の意味や質を、はっきりさせる必要があるのではないかと思う。

成功するコツは、「成功するまで努力を続けること」だという、名言もある。
その際の「努力」は、「正しい方向性をもった努力」でないといけない。

涙ぐましい努力が報われない悲劇
成果を上げるには「正しいモデル」を選択すべし

 〔NBOnline 2008年2月15日 宮田 秀明〕
(記事抜粋)
 間違ったモデルを使った製品は失敗する。間違ったモデルを使った経営も失敗するだろう。モデルは大切なものだ。間違ったモデルをソリューションで何とか使えるものにしようとするのも無駄なことだ。
 (中略)
 幸いたくさんの経験と研究から、正しいモデルを選ぶことができたのだと思う。正しいモデルを選ぶのが、最大の成功要因だ。

 モデルは時代の中で創造されるとともに、時代とともに陳腐化して淘汰される。このことに対しては、常日頃感度を高めていないと、時代に取り残されてしまう。
つまり、「あ、この方向は間違ってるな」と気づいたり、助言されたら、さっと方向転換できるだけの「あきらめの良さ」は必要だと思う。

それから、「不純な動機」からの努力は、自分自身も周囲も不幸にするので、これもダメ。

スマイルズの『自助論』に、「靴下編み機」を発明したウィリアム・リーという人物が登場するが、彼は、熱心に言い寄った自分をふった少女に復讐するために、その機械を必死で発明したのですね。
見習い牧師でありながら、少女の家に足しげく通って言い寄るんだけど、彼女はいつも靴下を編んだり、他の少女たちに教えたりして、「忙しいから」と、リーを追い払う。
「機械でじゃんじゃん編めるようになったら、彼女は失業して困るに違いない」というのが、発明の動機。
スゴイ発明で、フランス王室に重用されたり、後々の織機の開発の原型にもなってゆくんだけど、不運続きで、失意のうちに死んでしまう。

個人的な見解で、無理矢理まとめると・・・
「成功」を素晴らしいものと認めることは大切。
お金持ちになることだけが「成功」ではないけど、成功した結果、お金持ちになることまで忌避する必要はないでしょう。
このあたり、日本人って、すごく嫉妬深いから、たいへんなんだけどね(^^;

自分自身が持って生れた才能に気づき、それを活かす天職を見つけて、正しい方向や方法で努力を続けることが大切。
自分自身も幸福を感じ、世の中に幸福をもたらす貢献のできる「成功」を目指すのがベスト。

・・・こんなところでしょうか?

私自身ですか?
こんなブログをボソボソと続けてるくらいですから、考えたり、文章を書いたりすることは好きだし、死ぬまで一歩でも能力の向上を目指して続けられるかなあ・・・と。
若い頃は、早く親離れしたくて「成功」することを焦っていましたが(苦笑)、まあ、死ぬまでには「何か」残せそうな予感がしてきたところです (^_^)
 
  
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by rabbitfootmh | 2008-02-20 12:16 | 日本の社会問題
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