二条河原落書

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「歴史の真実と事実関係・・・」  

昔は、毎年8月になると、「前の大戦」に関するドキュメンタリー番組がいくつも放映されていたように思う。最近は、ずいぶんと少なくなっている。

子供心に、「せっかくの夏休みなのに、なんでこんな辛気臭い、キズだらけの白黒フィルムの映像ばっかり見せられんとあかんねン?」と、思っていた。わが家の居間に一つきりのテレビの“チャンネル権”は、戦中派の父が握っていたから、父が家にいる限りは、それらの番組を見ることになっていたのである。

私の父は、終戦の年に満15歳。外地へ行くことはなかったが、年長の兄たちは何人か戦死している。父自身は、大阪の砲兵工廠で、弾丸の薬莢を作って(?)いたらしい。
子供の頃に、何度か戦争体験の話は聞かされたことはあるが、終戦間際の大阪大空襲の時、命からがら、京橋から豊中市南部の自宅へ歩いて帰り着いた話ぐらいしか覚えていない。
実際は、話せないこと、話したくないことを抱え込んでいるのだろうと思う。
工場でいっしょに働いていた少年たちが、焼夷弾による火災を消そうとして、目の前で命を落したということも、「彼らは勇敢であったがために命を落した。自分は、恐ろしくて足がすくんで動けなかったから、命が助かった」と、自嘲気味に話したこともあった。

「戦争」というのは、何百年か経たないと、冷静中立的に全体像を俯瞰することは難しいのかもしれない。

第二次世界大戦は、地球のほぼ全域を巻き込んでの戦争であるし、関わった国の数も多い。
「なにが正しくて、なにが間違いか」、「なにが正義で、なにが悪か」などと、語る人間によってさまざまで、いまだに定まらない。

ただ、そろそろ50歳が手に届きかけている私だが、「戦争」について真摯に学ぶ機会がなかった。学校でも、日本史は明治時代まで、ということに、それほど疑問も持たずに過ごしてしまったし。

「正解」が無いのであれば、新しい世代の人たちには、さまざまな見解や資料の情報に、できるだけたくさん触れる機会を与えられるよう、上の年代の人間は努力すべきだと思う。

【正論】元沖縄担当首相補佐官・岡本行夫 なんのための教科書修正か
 〔産経新聞 2007/07/23〕
 慰安婦問題について米下院で審議されている対日謝罪要求決議案。4月末に安倍首相が訪米した際の謝罪姿勢によって事態は沈静化し、決議案成立はおぼつかない状況になっていた。しかし日本人有志が事実関係について反論する全面広告をワシントン・ポスト紙に出した途端、決議案採択の機運が燃えあがり、39対2という大差で外交委員会で可決され、下院本会議での成立も確実な状況になった。正しい意見の広告だったはずなのに何故なのか。それは、この決議案に関しては、すでに事実関係が争点ではなくなっているからである。過去の事象をどのような主観をもって日本人が提示しようとしているかに焦点があたっているからである。
 (中略)
 そもそも、私にも「軍命令による集団自決」は、教科書にわざわざ書くほどの事象だったのかという疑念はある。しかし、既に書かれていた教科書の記述を、論争のある時に修正することは、「軍の関与はなかった」とする史観を新たに採択した意味を持つ。否定できない犠牲の歴史が沖縄にある時に、修正しなければならないほど重大な過誤が従来の記述にあったのか。歴史とは事実の羅列ではない。それを通じて生まれてくる主観である。

日本の学校教育における「教科書」の問題というのは、国家がその記述内容を、間接的にであれ、決定するというところだろう。
しかも、その教科書を使って(あるいは逆に、いっさい使わずに自作の副教材だけを使って)教える教師たちの思想・信条が、中立的でないことも、大きな問題かもしれない。

教科書の内容が、「国家(時の政権)が主張したい世界観・歴史観」である、というのは、どの国でも同じこと・・・なのだろうか?


ところで、この岡本行夫氏の論文に、後日、同じ産経新聞紙上で“噛みついた”人がいる。



【コラム・断 評論家・潮匡人】論理破綻した主張
 〔産経新聞 2007/07/31〕
 何のための教科書修正か。真理のため、反軍感情で歪(ゆが)んだ歴史認識を是正するためである。当事者が否定し、肯定する証拠がない以上、修正は当然の措置である。

 岡本氏は「事実関係が問題ではない」「歴史をどんな主観で語るかが焦点」と訴えるが、「どんな主観で語る」にせよ、事実関係は重要である。仮に、軍命令が証明されれば、むしろ「教科書にわざわざ書くほどの事象」であろう。氏の「主観」にも疑問が残る。

岡本氏と潮氏のどちらの論に分があるのか、これらの短い文章だけでは、私には判断できないけれども、日本の検定教科書の特殊性を考える限り、潮氏の論は、感情的ではないかと感じる。

沖縄の「集団自決」に関しては、特定の軍人の「命令」があったかどうかの真偽が云々されているけれども、沖縄の民間人が何十万と自ら命を断ってしまったのは、そんな理不尽な命令があったかどうかに関係無く、東條英機が通達として出した『戦陣訓』の内容が、軍人・民間人の別を問わず、当時の日本人の心に広く深く刻み込まれていたからではないのだろうか?
『先陣訓』 本訓 其の二~第八 名を惜しむ
「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」

そういうことが、暗黙の了解として浸透していれば、「自決せよ」と直接的な命令を下さなくても、「どうすれば良いか、分かっているだろうな」と示唆するだけで十分だろうし。

それに、集団自決をしたのが、一つの村落だけ、とかいうのではなく、さまざまな場所の無数の人たちであったことも、何らかの形での「理解」があったと考える根拠になると思う。


こんなに長々とした文章を書くつもりはなかったのですが、この年になって初めて『戦陣訓』というものの存在を知って驚いてしまって(知らずにいた自分が情けないというか)、それがずっと心に引っかかっていたもので、つい・・・(^^;

ちなみに、『戦陣訓』の存在を知ったのは、『米中経済同盟を知らない日本人』(山崎養世・著/徳間書店)という本でした(P221)。
この本1冊で、ずいぶんいろんなことを知ることができました。



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by rabbitfootmh | 2007-08-01 16:51 | 外交・国際問題
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