二条河原落書

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「ネット世界の“祭り”と匿名性」

花岡信昭氏が『話題になるのは悪いことではないが、「匿名社会」の持つ陰湿な誹謗(ひぼう)中傷のすさまじさには辟易とするばかりであった。』と嘆いておられるが、昨年の後半あたりから、いわゆる「有名人」のブログ炎上がよく話題になっているように思う。

“モー娘。炎上”花岡氏、ネットの匿名社会に警鐘
 〔iza 2007/01/13〕
 ネット社会をのぞき込み始めて1年半になる。「ものかき」を主体とした仕事をしているから、発信装置は多いほうがいい。ITを勉強している学生君がアルバイトベースでサイトをつくってくれた。これでメルマガ、ブログを始めたのだが、いわゆる「炎上」に近い現象を引き起こし、さらに本格的炎上も体験。「SPA!」の2006年上半期炎上ベストテンでなんと堂々の2位である。話題になるのは悪いことではないが、「匿名社会」の持つ陰湿な誹謗(ひぼう)中傷のすさまじさには辟易(へきえき)とするばかりであった。(花岡信昭)

トリノ・オリンピックでの「NHKの日の丸隠し問題」では、『NHKの友人知己に聞いたところ・・・』という、市井の個人としてのレベルの情報を、公人としての信用性のおけるデータや情報にまで高めることなく、世人が知るところの「花岡信昭」の立場で発信したことが、反発を招いたのであろうし、同じく、モー娘。について、音楽界には門外漢の一人のオジサンとしての『歌も踊りもたいしたことのない集団が売れたのは、こういう変わった名称にしたためではないか』というボヤキレベルの意見を、「花岡信昭」の立場で発信したのがまずかったんだろうと思う。


「Web2.0」時代に突入して、ネットに接続できる環境にさえあれば、容易に、「受け皿」を持った人間の言論に意見や批判を送り込めるようになった。

つまり、今までは、テレビや新聞・雑誌などで「知識人」ともてはやされる人たちのさまざまな発言について、接した人たちが、「なにゆーてんねん、このオッサン(オバハン)」と思ったとしても、その「感想」を本人に伝える道がつながっていなかったから、発言している本人だけが(?)自分自身の世間の評価を知る術がなかったというだけのことではないのか?

それに加えて、ネットは一人ひとりが一次情報を得て、自分の意見を発信するという機能だけではなく、同じ意見・評価を持つであろう「仲間(たとえ見ず知らずの人たちであっても)」と、その「関心ある話題・情報」を発信し、共有できるという機能も備えているということが、「炎上」という現象を引き起こす大きな原動力になっていると思われる。

「匿名」ということが、社会的に有名な人物に対しての「言挙げ」の際に越えなければならないハードルを取り除いたことは間違いないと思うが、今まで「高かった」そのハードルの向こうには、「アイツにひと言意見してやりたい」という、サイレント・マジョリティーが存在していたということを、花岡氏のみならず、いわゆる「有名人」(あるいはバックに有力な組織を持つ人間)は認識すべきであろう。


*参照ブログ
「匿名性だけが炎上を引き起こしたのではないと思う。主観と正論をゴッチャにしたからでしょ?」
 〔Always, Often, Sometimes.... 2007.01.16.Tue 〕
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by rabbitfootmh | 2007-01-19 23:25 | メディア
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