二条河原落書

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「同和問題 メモ」

あちこち検索していたら、産経のこの「主張」が出てきたんですが、なんとなく、日本の「差別対策」の根本的な問題が見えたような気がしました。
やっぱ、社会主義、共産主義の発想なんですよ。



【主張】同和行政見直し 差別解消の原点に戻ろう
 〔産経iza 2006/07/31〕
 同和行政が本格的に取り組まれ出したのは昭和44年、内閣同和対策審議会の答申をうけて同和対策事業特別措置法ができてからである。

 それまで被差別部落のほとんどは劣悪な住環境にあった。根強い差別によって就職の機会が奪われ、経済的困窮で十分な教育を受けられない子供たちも多かった。それが新たな差別意識を生んでいくという状態だった。

 こうした「差別の循環」を断ち切るためには「差別解消」を叫ぶだけではなく、行政の力で環境を改善し、教育を充実させ、雇用を促進していかなければならない。それが同和行政の原点であった。その後、住民らの要求も受けながら同和対策が進められた結果、住宅を中心に被差別部落をとりまく環境は相当程度改善された。その意味では差別解消に向け、大きな役割を果たしたことは間違いない。
日本って、何か問題があると「弱者保護」へ突っ走るんですよ。(犯罪でも、警察や裁判で一方的に責められる加害者が「弱者」にカテゴライズされてしまえば、被害者よりも厚く保護されることになる)

弱者に、あれこれ保護とか補助金とか助成とか付けるけど、それってホンネのところは「これで我慢しとけ」っていうことではないのかな。

ところが、「弱者側」としては、自分の方が「被害者」という意識が強いから、「もっと、もっと」と依存する方向へ行くし、保護する側も、「うるさいから、求めるままにしてやっとけ」ということになって、それの悪循環・・・結果として、逆差別的なものになってしまうし、本当の差別の解消にはぜんぜんつながらない。

弱者の方を必要以上に底上げするのでもなく、強者を上から引きずり下ろすのでもなく、弱者ができるだけ他の人たちと同じチャンスを与えられて、自助努力で上へ上がってゆけるような社会にしなければ、日本社会の差別の問題は、いつまで経っても無くならないと思う。

 ※積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)とは
  〔Wikipedia より〕


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by rabbitfootmh | 2006-12-12 13:18 | 日本の社会問題
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