二条河原落書

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「物欲がおさまったのは名誉欲が満たされたから?」


この「さかもと未明」という人の思考回路は、いったいどんな具合につながっているのか、私にはよく分かりません(^^;

【コラム・断】敬意が「誇り」を育てます
 〔産経新聞 2006年8月29日〕
 最近、急にバッグが欲しくなくなった。少し前までは分不相応なブランドもののバッグが欲しくてたまらなかったが、先日銀座のショップを通り過ぎたとき、「見ていこう」という気持ちにならない自分に驚いた。
 そういえば、自分がしたいと思っていた仕事が始まった頃に、ぴたりと物欲がおさまっているのである。それ以前の自分の仕事を誇れなかった私は、せめて持ち物で、満たされぬ自尊心を満たそうとしていたのかもしれない。
 無論、もの書きならば、世間から理解されない仕事をしているときでも努力し続けなくてはならない。しかし、世間から評価を得られたほうが頑張れるし、少ない報酬や質素な生活でも余り不満に思わないというのが人間の本性だと思う。
自分がしたいと思った仕事ができなかったので、ブランドものを買い込んで「満たされぬ自尊心を満たそうとしていた」という自己分析は間違ってないと思います。





でも、「誇りを持って世間から評価を得られ」る仕事ができるようになったから、物欲がおさまったのは、未明さんが人間としてレベルアップしたからではなく、物欲の代わりに「名誉欲」が満たされたからじゃないのでしょうか? 残念ながら、それでは未だ「真の自尊心」は獲得できていないでしょうね。

ある人の仕事の内容に対して、世間からの「理解」や「共感」が得られることと、世間から「評価」(こちらの「世間」はマスコミとほぼ同意語でしょうか?)されることとは、ちょっとズレてるような気がしますし。

ま、ここまでは良いとしましょう。
でも、この後の文章は、いったい何のことやら・・・(^^;
 逆にいうと、仕事をするために払う犠牲に相応の敬意を世間から得られないと、人間は少しずつ病んでいくのではなかろうか。敬意のやりとりで心に「誇り」を育てることは、人生にとても大切なことだと思う。それは私たちの中に自制心や勇気、活力を与えてくれる。
 が、現代ではこの誇りや敬意に、まずお目にかからない。最も不当だと思うのは、自衛官など、命を呈して国に尽くす人々への敬意があまりに希薄だということだ。命を公に捧げる人々を軽んじ、誇るべき行為よりもその人の持つ財産、持ち物に価値を置くような社会がまともである筈(はず)がない。 我々は敬意の効用を見直し、「しかるべき人々へのしかるべき評価」を取り戻すべきだ。我々自身の心を、この富と貧困に引き裂かれる恐ろしい現代社会から守っていくためにも-。
これが言いたかったんですか、特攻隊のお好きな未明さん? 今の自衛官は、『命を公に捧げる』チャンスがほとんどございませんが。

国民の敬意が希薄だから、自衛官に不祥事が多発するとおっしゃりたいわけで?
もの書きでなくても、民間人であっても、『世間から理解されない仕事をしているときでも努力し続けなくてはならない』のではないんでしょうか?

『我々自身の心を、この富と貧困に引き裂かれる恐ろしい現代社会』って、どういう意味なんでございましょうか?


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by rabbitfootmh | 2006-08-29 12:27 | 日本の社会問題
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