二条河原落書

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「イザ!・・・なぜ載せない記事があるの?」


フジ産経グループの新サイト『iza(イザ!)』ですが、産経新聞の文化面の「コラム・断」の記事の、7月12日~15日の分がアップされていない。今日、16日のは出ているのに。
なにか、やんごとなき理由でも?

◇7月12日 将軍さまの「理性」 富岡幸一郎
◇7月13日 中田をそっとしてやれ 勢古浩爾
◇7月14日 間違いだらけのテポドン報道 潮匡人
◇7月15日 平和の重み感じてますか
 ※15日のさかもと未明さんのコラムはアップされてます(17日現在)
     →また消えた(藁)

12日の『将軍さまの「理性」』は、「将軍さまには「理性」が無い」という話かと思ったら、『・・・ならず者の“狂気”のように見えるあちらの将軍さまのほうが、プレスリーに浮かれているわが国の首相より、余程「理性」的なのではないか。』というオチで驚く。
「理性」「国家理性」の定義云々を説いているとしても、なぜ、唐突に小泉首相と金将軍様とを引き比べる必要があるのか分からない。



13日のコラムは、11日の二宮清純氏の『今こそ「敗因探し」を』に対抗して書かれたものなのだろうか?
『中田の・・・「俺はひとりでも強いからね」という言葉・・・を聞いて、どういうわけか、白州次郎の「自分の良心はきれいだと思っているから、人が何を言おうと平気なんだ」という言葉を思い出す。』とある。
私は、中田ヒデも白州次郎もよく知らないので、どこでどうこの二人がつながるのかは分からないのだけれど。

14日のコラムは、「テポドン騒動」でテレビに出づっぱりだった「専門家・有識者」の分析を『滑稽を通り越した悲惨と評するほかあるまい。』とバッサリと斬って捨てている。
でも、正確な情報(事実)はアメリカ頼みなんだから、毎日朝から晩まで、あちこちのテレビ局を“ハシゴ”して駆け回ってるセンセイたちに、多くを望むことの方が間違ってると思うけど・・・。

15日は、さかもと未明さんだが、『先日、非常に心打たれる漫画を読んだ。間瀬元朗『イキガミ』(小学館)だ。この作品の世界には、・・・100分の1の確率で、18歳から24歳の若者が死ぬことになっている。もし死を告げる「逝紙」を受け取ったら若者は24時間以内に死ぬのだ。
・・・その24時間の成長たるや奇跡的だ。彼等は特攻隊をも彷彿させ、私は図らずして、何度も泣いた。』そうである。
当のマンガを読んだことがないのでなんとも言えないけれど、『実は恐ろしいのは平和で、平時にこそ私たちは、己の内部の獣性と戦わなくてはならない。が、私たちはそれでも耐えなくてはならないのだ、平和の重みに----。』というオチには、なんと反応して良いのか分からなくなった。
曽野綾子さんあたりの発想と似通ってらっしゃるのだろうか? 「貧しさを体験させないと、精神がひ弱くなる」「貧しい国、戦乱の耐えない国の子供たちの瞳は輝いている」とかいうやつ・・・。『貧しきものは幸いである』ですか。

だが、国民に、今の豊かさを「有り難い」と実感させ、精神を鍛えたり、日常生活に不平不満を言わせないようにするために、国家を戦後のような貧困状態に逆戻りさせたり、国民を人工的に「死」の恐怖に晒すような真似をすることは不可能だ。いや、可能かもしれないが、そんな「退行現象」を、今さら実体験したくはない。

社会環境や国の経済状態が豊かである中で、いかに過度の欲望に走らず、自らの人格を磨き、他者のために自己(の富、財産、才能)を捧げることができるのか・・・その難しい課題に、日本人は挑戦してゆかねばならないのではないだろうか?
それに関しても、2000年前にイエス・キリストは言いました。『金持ちが天国の門に入るより、ラクダが針の穴を通る方がたやすい』と。多分に、宗教的な修行なのですね。

・・・で、繰り返しになりますけど、これらの「迷文」を、『イザ!』のサイトに載せない理由はなに?


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by rabbitfootmh | 2006-07-16 17:04 | メディア
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