二条河原落書

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「脳死・臓器移植が立て続けに・・・尊厳死問題も」


1週間に3例もの「脳死判定」とは・・・。
現行の「臓器移植法」では、あくまでも「本人が元気な時に臓器提供の意思表示を明確にしていること」という条件があって、それは固く守られてはいるのだけれど、今回の「43例目」のように、ドナーカード上の「書き込みの不備」について、だんだんと「柔軟な解釈」がなされるような方向へと進んできている。
44例目の脳死判定…余白に臓器提供の意思記述
 〔読売新聞 2006年3月25日〕
 京都第一赤十字病院(京都市)にくも膜下出血で入院していた40歳代の女性が25日、脳死と判定された。脳死判定は44例目。
 女性は一部の臓器について、意思表示カードに提供しない意思を示す「×印」を付けながら、その余白には提供意思を示す記述もしていた。日本臓器移植ネットワークは厚生労働省と協議のうえ、「×印」を付けた臓器については、余白の記載の方が本人の最終的な意思表示であると判断した。
 移植が行われれば、脳死下での臓器提供は43例目で、余白の書き込みが本人意思として尊重された初のケースとなる。
45例目脳死判定、富山県立中央病院…1週間で3度目
 〔読売新聞 2006年3月26日〕
 富山県立中央病院(富山市)に脳血管障害で入院していた患者が26日、脳死と判定され、摘出された心臓などの移植手術が国立循環器病センター(大阪府吹田市)などで始まった。
 臓器移植法に基づく脳死判定は45例目で、臓器移植は44例目。富山県での脳死判定、臓器提供は初めて。脳死患者の年齢、性別は、遺族の希望で明らかにされていない。
 また、脳死での臓器移植は今月21日、25日にも行われており、1週間で3回の実施は、1997年の同法施行以来初めてとなる。
これで、今年は、4例の脳死判定が行われたことになる。

一方で、末期がん患者らの「延命措置」を、医師の判断で中止した事例が問題になってきている。



患者家族「同意ない」病院「カルテに記載」…延命中止
 〔読売新聞 2006年3月26日〕
 これに対し、家族は入院当時、病院から「年だし、長くないかもしれない」と説明を受けたというが、「家族3人とも呼吸器を外すということは、一切聞いていない」としている。
 男性が以前けがをした時も外科部長の治療を受けており、家族に「熱心でいい先生にかかった」と話していたという。家族は「入院から10日以上も命を維持してもらい、治療も丁寧にしてもらい、恨むようなことはまったくない」と話している。
患者本人が意識不明のままであれば、「意思確認」などできないし、どうやら人工呼吸器を外すことについて、「家族の同意」も得ていなかったらしい。

「苦しみが続くよりは、いっそのこと・・・」という周囲の感情も、「自殺幇助」と言えなくもないし、安楽死が法的に認められているオランダでは、一応「自己決定権に基づいて」患者本人の意思で「死」を選択できることにはなっているけれども、実際には、「家族に介護などの面倒をかけては申し訳ないから」という、周囲の人間への「配慮」から選択しているので、純粋な意味での「自己決定ではない」と論じる人(※1)もある。

「脳死・臓器移植」においても、なかなか臓器ドナーが増えないことにいらだって、「家族の同意だけで摘出できるようにしよう」という“改正案”が提出されようとしているところだが、家族であっても、大切な人が瀕死の状態であるという「異常な状況」の中で、より立場が高い医師から「残念ですが、もう生き返りませんよ。ご本人の“命”の一部だけでも活かされるように、他の患者さんへの“善意の贈り物”をしませんか?」と勧められたら、果たして強く「NO!」と拒絶しきれるかどうか分からない。

「脳死・臓器移植」「尊厳死」「自殺」・・・重いけれども、「人の命」の始まりと終わりについて、一人ひとりがじっくりと考え抜かなければならない命題ではなかろうか。

 ※1 『自己決定権は幻想である』 小松美彦・著(洋泉社)
    (ライフログ参照のこと)
 ※補足 『本音口にできない』~富山の『安楽死』疑惑〔東京新聞 3月28日〕
 日弁連人権擁護委員会医療部会特別委嘱委員の光石忠敬弁護士は「尊厳死法案という動きの背景にあるのは、今後、高齢者医療費が増大する中での医療費抑制や医師の法的責任免除という狙いがある。法案は死ぬ権利というより死なせる権利を定めるものではないか」と批判し、こう指摘する。
 「リビングウイルを作成する段階と、実際に末期となった状態とで、患者本人の意思が異なることは実際にあるし、末期状態から回復する患者も存在する。さらに、寝たきり、植物状態の患者にまで尊厳死の適用を広げるとなると、末期の定義そのものがはっきりしなくなる」
 さらに、こう懸念を訴える。「筋委縮性側索硬化症(ALS)など、回復不可能な患者に対する心理的圧迫が強まる。生きるに値しない命ということを他者が判断するのは、消極的優生思想ではないか」
 奈良県で、脳死問題や臓器移植についての研究会を主宰するある脳外科医は「本人は生きたいのに家族など周囲の物心両面での苦労を考えて、意思を変えてしまうことだってある」とこの問題のデリケートさを強調する。



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by rabbitfootmh | 2006-03-25 23:52 | 医療/生命倫理
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