二条河原落書

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「やっとホンネが出てきましたね」


今朝(8日付)の産経新聞で、中川八洋氏の論を借りて、やっと出てきました。「敬宮愛子様の“婿”選び」についての具体的な名前が。
 ○旧宮家3男児から天皇を 「愛子さまは皇后に」

これを前面に立てて「男系継承」を主張すると、女性週刊誌の読者あたりから「愛子さま、お可哀相。3歳で結婚相手を勝手に決められるなんて」という反発が出ることを恐れてか(?)、これまではっきりと出されたことはありませんでしたが、ついに産経が先陣を切って「具体論」に踏み込みましたね。

それにしても、
「将来天皇になられる女性と結婚しようと思う男性は野心のある者だけ」
という中川氏の言葉は、ご自分を含めた男性全員を貶めるものではないのでしょうか? 「男はみんな“道鏡”だ」ということらしい。それで、愛子様が皇位を継承された場合には、「生涯独身を貫いていただかないと」と言っている。

しかし、男系天皇であっても、「幕府(武家)」などの“行政組織”を、自分の配下に置いて支配しようとした後白河天皇や後醍醐天皇などという方たちもいらっしゃったので、支配欲・権力欲の強さは、皇族の血を引いているかどうかに関係無いのでは?



そもそも「天皇」というのは、「祭政一致」だった時代に、日本神道の神々の意を汲んで政治を行う役割をになった「最高位の神官」であったわけで、敗戦後にアメリカによって「祭政一致」を禁じられ、神道の教え(といっても、成文化された教義は無く、現在は、「敬神生活の綱領」というものがあるだけ)を国民に実践させたり、「神の代理人」として崇敬されることを強制できなくなったので、現在の「天皇」は本来の天皇の存在意義を体現した存在ではない・・・ということもできるかもしれない。

日本国内だけで完結していて良かった時代とはまた違った「日本人のあるべき姿」を、これからの国際化時代には新しく創造してゆかなければならないのだとしたら、日本人にとっての「最上の生きたお手本」とすべき人たちであると位置づけられた天皇や皇族の方々の「あるべき姿」もまた、変わらざるを得ないのではないのだろうか?

それが嫌なら、「無形文化財」として、細々と「日本古来の血脈」を保存することを、その存在意義の第一として掲げてゆかれるのが良いと思う。

もっとも、ここまで出てきている議論は、下々の者が勝手に展開しているものであって、当事者である今上天皇はじめ、皇太子様も、まだ具体的には言及されていないので、国民の代表が国会で決めてしまって良いものかどうか、というところから疑問だらけなのであるが・・・。
 皇室の中で女性が果たしてきた役割については、私は有形無形に大きなものがあったのではないかと思いますが、皇室典範との関係で、皇室の伝統とその将来についてという質問に関しては、回答を控えようと思います。〔天皇陛下 お誕生日の会見でのお言葉
 皇室は、一部の例外を除いて権力を握ることがなかった。権力を持つところと、皇室を分けてきたのは、大和民族の知恵だと思う。国を守っていくためにそういう形になった。外国の王族の中には、パワーの論理が働いて権力を握ったりしたから、その後つぶれたケースもある。

 皇室は悠久の歴史の中で常に受動態であった。突き詰めると、存在することに意義があるということだ。政治や営利にも関与できないし、ある意味「ニッチ(すきま)産業」だ。

 政府や行政も、国民のためにいろんなことを展開していくが、足らざるところはある。皇族がそれを補い、光が当たっていないところに光を当てる。それぞれの皇族が、国民の要望、希望に沿っていくことが大事だ。〔寛仁親王 毎日新聞インタビュー〕



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by rabbitfootmh | 2006-01-08 22:25 | 日本の社会問題
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