二条河原落書

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「村上三島先生に20年前のお詫び・・・ぉわーーーっ?!」


訃報:村上三島さん93歳=文化勲章受章者の書家
 〔毎日新聞 2005年11月21日 13時07分〕
 流麗で躍動感のある独自の書風を確立した文化勲章受章者の書家、村上三島(むらかみ・さんとう、本名・正一=まさかず)さんが20日、心不全のため大阪府吹田市の病院で亡くなった。93歳。
某短大を卒業後に就職した会社を4年で辞め、なんの目的もなく“フリーター”をやっていた頃、サギっぽいアルバイトをしたことがあった。
お金持ちの?書家に、いくつかの書道の会派の名簿を使って片っ端から電話でアポを取り、OKが出たらその会員の自宅を訪問して、原価数十円の料紙を高く“売りつける”というものだった。2カ月ほどやったものの、良心の呵責を感じて辞めたのだが、その短期間に、実は、先日なくなった村上三島先生に、一度だけ間近でお会いしたことがあった。

そのアヤシゲな仕事をしている「社長」(一応有限会社だったかな?)が、近藤富枝氏が個人で研究した「王朝継ぎ紙(つぎかみ)」の技法を、見よう見まねで再現できたのだが(その社長が氏と直接に面識があったかどうかは不明。社長本人は“親しかった”ような口ぶりで自慢していたと記憶しているが)、その「継ぎ紙」の講習会をやって講習会費で稼ごうという企画を思いつき、どこだったか忘れたが、文化センターだかの一室を借りてやったところ(どこかの情報紙にでも広告を出したんだっけ?)、何人かの申し込みがあった。
なんと、その中に村上三島先生とそのご子息がおられたのだった。

私は短大で中学校の国語の教員免許を取ったため、書道の単位が必須で、多少の知識はかじっていたので、村上先生のお名前くらいは知っていた。でも、そんな有名な先生が、こんなサギっぽい講習会にノコノコやってくるなんて・・・と、かなり“おっかなびっくり”だった。

しかし、間近に見る村上先生は、尊大な風もなく、ごく普通の上品な御老人という雰囲気で、いっしょにバイトをしていた20代前半の女の子の“手ほどき”を受けて、熱心に「継ぎ紙」の実習に取り組んでおられたお姿が、今も思い出されます。

・・・ぎょへっ!!

その「社長」、ホンモノになってるよ・・・?! ここまでの「妄言・暴言」をお許しあれ!=εε=εε=┌( >_<)┘
私の“人を見る目”が、未熟だったということですね・・・お金持ちのお坊っちゃまの「道楽」にしか見えなかったんだけどなあ(×_×;)ξ でも、ほんの短い期間で、これだけのキョーレツな記憶が私に残っているということは、影響力が大きかったんですね。ほんと、いろいろとお勉強させていただきました〔言い訳・・・冷汗タラタラ〕


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by rabbitfootmh | 2005-11-22 10:31 | その他もろもろ
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