二条河原落書

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「果たして“新聞”は生き残れるのか?」


新聞の書評に出ていて興味をそそられたので、『新聞がなくなる日』〔歌川令三・著/草思社・刊〕を読んでみた。(ライフログ欄参照)

全国紙の記者として長年活躍して来られた著者が、あとがきの冒頭に、
三年ほど前、草思社の加瀬昌男会長から手紙をいただいた。同社の月刊誌『草思』に、私の体験的新聞論を随筆風に書いてもらえないかとの依頼だった。・・・ネタは山ほど持っていたが、結局お断りしたいきさつがある。
と述べている。

読後の私の第一の感想は、「三年前に書いておけば良かったのではないか?」というものだった。

こうして自分自身もブログという新しい“メディア”を利用し、インターネットで情報を拾い集めている人間としては、この本に書かれてある「最新情報」は、すでにあちこちで語り尽くされてしまった内容であり、遠い過去のものとなっている。今頃、「ダン・ラザー降板」や「オー・マイニュース」の話を聞かされても困る(苦笑)
歌川氏が出版社から話をもらったあと3年も考え込んでいる間に、現実の方ははるか彼方に進んで行ってしまった、という感じがする。

そして、結局のところ、「新聞とネットメディアは、なんとかうまくやっていけるのではないか? 新聞好きの団塊の世代がいる限り、宅配制度に守られて新聞は生き残るだろう」と楽観しているようだ。

新聞販売店の活躍による宅配制度が保証している「定期購読」は、若い年代層ほど利用しなくなっている。販売店の経営を支えている“折り込みチラシ”広告も、大手のスーパーなどはHPで見られるようになってきているし、私もほとんど見ずに捨ててしまっている。
ご近所情報も、目的(利用したい施設)が決まっていれば、ネット検索するとか、実際に自分の“足”と“目”や“口コミ情報(耳)”で集めたほうが詳しいし、確実な気がするし。

日本ではどうか。数十万のブロガーがいるといわれるが、市民ジャーナリズムと呼ぶには社会的影響力があまりにも小さい。日本のブログには、社会派が少ない。内輪のグループのおしゃべりや、対話というより独り言の多い“情報タコツボ人間”型だ。おとなしくて内にこもる。発言者は嫌われる。そういう今日の日本社会の一つの断面が反映しているのかも知れない。〔前掲書、P161~162〕
“情報タコツボ人間”で悪かったわネ(藁)

40代半ば、本格的なインターネット歴もまだ数年の私も、すでに今の20代、10代の若者たちの発想とか頭の中の“情報ネットワーク”がどうなっているのか、理解できなくなっているだろうと思うのだが、「日本からインターネットを利用して、アメリカの新聞(メディア)の最新情報を知ることができる!」と新鮮な驚きを感じている感覚の著者(1934年生まれ)に、「日本の新聞の未来」を予見することができるのかどうか、疑問である。「技術革新の行き着くところをしっかりイメージ」できれば、紙の新聞は、ネットメディアを自らの内に“喰い込んで”、生き延びられると?
いったんは喰い込んでも、腹の内から喰い破られる危険はないのか?

「インターネットなんて、便所の落書きみたいなもんだ」という、お決まりのフレーズを読みながら、ふと、70年代に大ブームを巻き起こした「深夜ラジオ」のことを思い出してしまった。




多くの番組は、「ハガキや電話で聞きたい曲のリクエストを受け付けて電波に乗せて流してくれる」ことが重要な役目だった。まだ、ウォークマンは登場しておらず、テレビの歌番組は、商業ベースに乗せられるベテラン演歌歌手や、アイドルが跋扈していて、若者たちが聞きたいフォークソングやアメリカのポップスやロックなどは、高いレコードを自分で買わなければ聴けなかった。「テレビには絶対出ない!」と豪語していたフォークシンガーも何人かいた。ときたま開催されるコンサートに出向かなければ、ナマの歌声は聴けなかった。
不自由な環境の中で、若者の支持を集めたのが「深夜ラジオだった。

やがて、リクエストハガキは、パーソナリティーに手に取ってもらいやすく、希望の曲をかけてもらいやすいように、個性的な文章や小ネタを書き込んだり、色とりどりの絵を描いたりしたものが増え、ハガキの文章を読んでもらうことが、たいへんな“名誉”となった。
あの、「深夜ラジオ」は、同じ年代の若者同士の「仮想空間内のコミュニティ」ではなかっただろうか? それと同じことが今、ネット上で起きているのではないだろうか?

個性豊かなDJとかパーソナリティーと呼ばれた人たちが、時代の最先端を行くリーダーのように思われ、彼らに“導かれつつ”、あの頃の若者たちは、少しずつ大人の世界を垣間見ながら、大人になる覚悟を固めようともがいていたのではないか?
あの「深夜ラジオ」が、日本社会の何を変えた、というわけではなかったけれど、ある年代層(私自身もその年代だと思う)の人びとの精神構造に、「何か」をもらたしたのではないだろうか? すっかり大人になってしまって、家庭を持ち、今度は自分が子供を育てる側に立っている世代が、また、「ブログ」というツールを手にして、同じようなことをやっているのかもしれない。
DJやカリスマ・パーソナリティーはいないが、それらしき「人気ブロガー」は現れ始めているような気もする。

そして、私たちは「どこへ」向かおうとしているのだろうか? 出るはずのない答えを、“青い鳥”のように追い求めているだけなのだろうか? それとも、なんらかの答えを掴んで、明るい未来へと踏み出せるのだろうか? 誰かが教えてくれるのを待ってはいられない・・・そんな気もする。

 ☆☆ジャパン ブロガー カンファレンス開催☆☆
   「ガ島通信」さんの記事より


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by rabbitfootmh | 2005-11-19 20:42 | 日本の社会問題
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