二条河原落書

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「机上の空論・・・生きている子どもは視野に無い教育論」


学力向上七つのカギ 公立小中の底上げ策、研究者調査
 〔アサヒコム(大阪発) 2005年11月07日〕
 一人ひとり異なる環境にいる子どもたちの学力格差をどう乗り越えるか。公立学校が抱える根本的な課題に取り組むため、8人の研究者が11の公立小中学校に1年近く通った。そこで見えた学力向上策のカギは七つ。
 ・・・・
 鍋島助教授(大阪市立大学)は「計算ドリルをしていても授業中、子どもたちが立ち歩くなど、木を見て森を見ない学力向上策の学校が目立つ。家庭環境など格差の克服は難しいが、それが公立学校の存在理由だ。原点となる学校づくりの構えを各校がどう深めるかが問われている」と話している。

 ●「効果ある学校」は
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 ●「効果ある学校」は
  (1)子どもを荒れさせない
  (2)子どもを力づける集団づくり
  (3)チーム力を大切にする学校運営
  (4)実践志向の積極的な学校文化
  (5)外部と連携する学校づくり
  (6)基礎学力定着のためのシステム
  (7)リーダーとリーダーシップの存在
「子どもを荒れさせない」って・・・子どもの気持ちは無視? 結局「学校では真面目で普通のいい子だった」と、問題が起きた時に校長らが記者会見で述べるような子どもに“仕付ける”だけじゃないのか?
「リーダーとリーダーシップの存在」って、校長先生が「学校一のリーダー」として「リーダーシップ」を発揮する、という、組織としては“当たり前”のことを、なんでわざわざ言わなきゃいけないのか・・・そこんところが、日本の公立学校の問題点でしょ?

校長を「リーダーとして尊敬し、協力する」という体制を取ることが、特に「人権・平和」と提唱したがる自治体で困難なのは、鳴り物入りで実現させた「民間人校長」らが相次いで自殺した広島の一件から、身につまされているはずでは? 大阪だってかなりアヤシイですよ。

「家庭環境など格差の克服は難しいが、それが公立学校の存在理由だ。」というのは、その通りだと思いますが、家庭環境に恵まれて、学力が上のレベルにある子どもたちの学校生活にも、十分配慮してもらわないと、「いろんな個性(家庭環境)の子どもたちが共に学ぶ場」であるという、公立学校の存在意義が、半分しか達成されないことになるのではないかとも思う。

「学校は“勉強するだけの場所”ではない」という意識が強い現状で、「学力向上」対策に重点を置いた学校運営に取り組める公立学校は、いったいどれだけあるんだろうかと、首を傾げてしまう。

◎上記の元記事が期限切れの場合は、下記へ跳んでください m(_ _)m
 ■アサヒコムより
 ■中国新聞社説より
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by rabbitfootmh | 2005-11-13 09:21 | 子育て/教育
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