二条河原落書

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「皇位継承問題と少子化問題の共通点」

「女性天皇は容認できない」という意見と、「若い女性はもっと子どもを産みなさい」という意見を発している人たちの意識には、共通点があるように思う。
それは、母親が願いさえすれば、子どもなんてすぐに“作れる”ものだ」という発想だろう。

それは、少子化問題にからんだ失言・妄言を繰り返しているオヤジ議員たちだけの“専売特許”でもなさそうだ。「郵政民営化よりも、少子化問題を優先させよ」と吼えている野田聖子議員だって、せっかく「胎内に宿った尊い命」を、選挙運動で奔り回っているうちに流産してしまったそうだから、「子どもなんて、いつでも、いくらでも“作れる”」と思っていたに違いないのだ。彼女のダンナ様にご同情申し上げる(自分のトシを考えなさいよね。周囲のオジサンたちは、誰もお節介を焼いてくれなかったのだろうか?)。子どもの命より、仕事を優先させるような“母親”を、誰がわざわざ選んで生まれ落ちたいものかね。

「子どもは“天からの授かりもの”」という、敬虔な気持ちを日本人が取り戻さない限り、「中絶天国ニッポン」の少子化は止まらないだろう。
一方、皇室に、これほどまでに「男子」が降りていらっしゃらないのは、「天の神々」が「女帝」を望んでいることの現れなのでは? ・・・・な~んて、誰も考えないのね。この世で起きることには、「天(自然)の意思」が働くと考えるのは、日本神道の“十八番”だと思うんだけど、その辺だけは、近代的、科学的、合理的に考えようとするのは、矛盾していると思う(苦笑)

【主張】皇室典範会議 日本の将来見据え結論を
 〔産経新聞 2005年7月31日〕
 当初懸念されたような安易な「女性天皇容認」に流されず、皇室の伝統を守る立場から、旧皇族やその子孫を皇族とするなどの方策で、男系を維持する案にもかなりの比重を置いている。その点は評価していいだろう。
 日本の皇室が国民から信頼や崇敬を得ているのは、百二十五代にわたり、男系という「唯一の原則」で皇位が継承されてきた「伝統」によるからだ。その伝統が崩れれば、天皇が国民統合の象徴たりうるか、疑問の声があって当然である。・・・・
 しかし歴史上には、比較的「遠い血筋」から皇統断絶の危機を乗り切った継体天皇の例もある。旧皇族の中には今でも「宮様」と呼ばれ、敬愛を集めているケースもあることを考えれば、国民の理解が得がたいとは言い切れないだろう。
[皇位継承案]「国民にわかりやすい制度に」
 〔読売新聞 2005年7月28日〕
 旧宮家を皇族に復帰させて、歴史上、一貫して男系で維持されてきた伝統を重視すべきだ、とする主張に対して、旧宮家の復帰には国民の理解は得られない、とする反論がある。
 象徴としての役割を果たす上で男女は問題ではない、とする意見に対して、天皇の正統性に疑念が生じ、統合力も期待できない、とする声もある。・・・・
 いつまでも静観はできないが、数か月を惜しんで結論を急ぐことでもない。国民の理解と支持が得られるよう、わかりやすい制度とする必要がある。
産経新聞が「女性天皇容認」を嫌がるのは、「フェミニズム憎し」の感情論が根底にある。それからして、議論の始め方がおかしいのに、「継体天皇」まで引っぱり出してくる論法には恐れ入るしかない(苦笑) なぜ「男子」でなければ国民の信頼と崇敬を得られないのか? 「卑弥呼」亡き後、男子の王が立ったところ国が乱れたので、もう一度「女王」(壱与)を立て直したという話もあったはずだ。もちろん、今に続く「天皇家」が日本の歴史年表に登場する前の時代のことだから、参考にはならないということだろうが。
しかし、天皇家の「血筋」を遡ってゆけば、大陸や朝鮮半島から海を渡ってきた「外来」の人たちから始まっているという説もあるし、畿内の有力豪族の支援を得るために、彼らの娘を妃としたらしいが、それら豪族の多くは、半島から渡ってきて高度な学問と技術によって、未開の「現地人(倭人)」を支配した人びとであっただろうという説を考えれば、その「血筋」は、そんなにシャカリキになって枝葉末節の部分まで守らねばならない「日本の伝統」なのだろうか、と考え込んでしまう。

それに、「旧・宮家」って、国民の何パーセントほどの人たちが熟知している存在なのだろう? 40代半ばの私自身でさえ、ほとんど馴染みがない。この皇位継承問題や、高円宮様が早世された折りに新聞などに掲載された「皇室系図」を見て、「へ~~~~ぇ!」と思ったくらいで、ましてや、戦後、アメリカさんの意向を汲んでのことであったとしても、皇籍から離脱された宮家に繋がる方たちを今さら引っぱり出してきても、国民の方は「いったい誰?」という感じではないのだうか?
戦前に断絶していた某宮家の名前を利用した、マンガのような詐欺事件もあったことを思えば、「昭和も遠くなりにけり」のご時世なのである。

読売新聞が「結論を急ぐな」と書いているが、もし、「女性天皇OK」という結論になれば、来春、幼稚園に入園されるお年となった愛子様に対して、「帝王学」をお教えせねぱならなくなるので、必要以上に急ぐ必要はなくても、何年もかけて議論する余裕もないのだ。

ただ、「男系」に固執したくなる“別の事情”も、理解できないでもない。なにしろ「前例」がなければ、ニッチモサッチモ動けない人が多い日本で、「女帝」・・・しかも「西欧化された社会環境」の中で、公務につかれる際の服装だのなんだの、「本邦初」のできごとが次々と“襲って”くるのだろうから、宮内庁が上を下への大騒ぎになることが予想される〔英国のエリザベス女王をはじめ、欧州の女王、王女様方を模倣すればいいのだろうけど〕。
「本邦初」の事例を創造する“歴史上の立役者”となることを選ぶのか、皇統2600年の伝統を破壊する“笑い者となるリスク”を回避することを選ぶのか・・・・究極の選択を迫られているのは、雅子皇太子妃殿下ではなく、宮内庁のお役人たちの方ではないのだろうか?


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by rabbitfootmh | 2005-07-31 12:14 | 日本の社会問題
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