二条河原落書

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「私憤を国会に持ち込む議員」


「脳死は人の死」で対立 臓器移植法、改正案一本化断念
 〔アサヒコム 2005年05月21日 00時52分〕
移植法改正案のポイント
 〔中国新聞・詳報 5月20日 19時58分〕

「臓器移植法」改正の案が、与党内から2つに分裂したまま国会に提出される予定だそうだ。

 ・「脳死は一律に人の死」 河野太郎(自民)・福島 豊(公明)
 ・「臓器提供する場合のみ脳死は人の死(現行のまま)」 斉藤鉄夫(公明)

もっとも重要な対立点は上記の通りだが、河野・福島案は、本人がドナーカード(臓器提供意思表示カード)を所持して、ドナーになる意思を生前〔脳死状態ではまだ“死んで”いないので、こういう表現は使いたくないのだが〕に示していなくても、家族が拒否しなければ、さっさと「脳死判定」が行われ、臓器が摘出できるようになる。

つまり、自分自身が脳死状態に陥った場合に、元気なうちにドナーカードに「臓器は提供しません」と明示するか、遺言書にでも「ドナーにはならない。心臓死するまで“生かしておいてほしい”」と書いて家族に言い残しておくかしていない限り、医者から「もう助かる見込みはありません。人工呼吸器を外せば、すぐに亡くなります」と宣告されてオロオロしている家族に、「臓器は提供しません」とはっきり拒否の態度を示してもらわなければ、「意思表示のできない状態の脳死患者」は臓器ドナーにされてしまうのである。

その点について、朝日の記事ははっきりと『河野案は、意思表示があいまいな人や、表示が難しい乳幼児からの提供に道を開く内容だ。』と説明している。


公明の斉藤鉄夫議員のほかにも、社民党の阿部知子議員、民主党の金田誠一議員などは、この河野議員の「改正案」に反対し、熱心に有志議員たちと勉強会を重ねているようだ。
5月に入って、神経内科医で、「脳死は人の死ではないのではないか?」との前提に立って検証を続けている古川哲雄氏が、「ラザロ兆候」について説明したり、アメリカで「脳死状態で20年間生き続け、成長した男性」を診続けていたアラン・シューモン博士をわざわざ日本へ招待して、講演が行われたという。『脳死・臓器移植の本当の話』の小松美彦教授も参加されていたとか。
 脳死後20年間心臓動いた例 米医師が報告〔アサヒコム 2005年05月17日〕



シューモン博士の講演の日は、河野議員も顔を出していたらしいが、中途で入ってきて、2時間の予定のうち30分ほどは座っていたものの、不真面目な態度だったと、某参加者からの情報を得ています。議員バッヂもうっかりか、故意にか、つけていなかったとか(苦笑)

その河野太郎議員は、21日には新潟で開催された「臓器移植推進フォーラム2005in新潟」(全国腎臓病協議会など主催)にやってきて講師を務めたという。
河野議員が臓器移植法語る〔新潟日報 05月21日〕

河野議員は、父上に肝臓を提供する際、親族からかなりの心的プレッシャーをかけられたという話をしていた記憶がある。で、渋々承諾して、医師たちの「簡単ですよ。リスクも後遺症もありません」という説明を“信じて”ドナーになったところが、術後に生体ドナーたちの聞き取りをするうちに、「最悪は死ぬこともある」「後遺症がある」「ドナーを拒否したために、家族から恨まれている」などという話を聞き、自身も、冬など寒い日には今でも傷口が痛むなどの後遺症があるという「事実」を実体験して、「騙したな。こうなったら、生体移植をゼロにできるよう、脳死体からの移植を推進してやる」という方向へ“暴走”したようだ。

・・・いや、違うでしょう? それは、きちんと説明をしなかった医師たちが悪いんだし、親族のプレッシャーなどという日本独特の「義理人情」の世界が複雑にしているだけで(ついでに、国会議員のセンセイという身分上の優位性も無視されたことも腹が立つのかも?)「脳死体を増やせば解決する」という種類の問題ではないはず。勘違いが勘違いを呼んでいるような気が・・・そんな私憤を、国会の場へ持ち込むなよ!・・・あ、河野サンと同じようなベランメェ論調になってしまった(苦笑)

河野案では「脳死判定がイヤならイヤと言えば、やらなくていい」という補足があるようだが、医師に対して患者が下位の立場に置かれやすい日本の医療現場で、はたして家族が「イヤです」と明言できるのか、という不安もある。

また、「脳死判定によって、蘇生の可能性がかえって断たれるのでは?」という疑問にも、河野案は応えていない。「脳死とは、呼吸などを調節している脳幹といわれる部分を含めて脳全体の機能が停止し、もとには戻らない状態(全脳機能の不可逆的喪失)」と説明されているが、子供では、意識が回復するまでには至らないが、脳死と判定されてから半年後に「自発呼吸」の兆候が見られた症例も報告されているそうで、やはり「脳死は一律に人の死」と一国の法律で断定するのは時期尚早ではないかと思われる。
 「脳死状態」診断の小児、半年後自発呼吸の例も〔アサヒコム 2005年05月21日〕

なによりも気になるのは、大手のマスメディアが、「脳死・臓器移植」についての是非を判断するための材料(信頼のおける情報)を、国民に広く・継続的に伝えていないことだ。毎日は多少慎重な論調で、読売・朝日はどっちつかずの“中立的”な論調だが、社会面などに「移植で元気になった」というよな記事がときどき掲載されている。

これまでもしつこく書いてきたかもしれないが、特に「産経新聞」!! 推進派の意見ばかり載せるのは卑怯だ! 今朝(23日)などは、第1面にデカデカと【移植医療の死角】(1)死刑囚ドナー否定せずなどという記事を掲載している〔『プロジェクトX』のようなドラマ仕立ての記事だ・藁〕。この中国の移植医療の問題については、過去にも報じていたが、「死刑囚の臓器などを使う“いかがわしい”中国の移植活動に関わらずに済ますためにも、ぜひ、日本国内での脳死ドナー数の増加のための施策を」と、言葉巧みに誘導してゆくところが、なんとも“姑息”である。

「脳死は人の死ではない」ことを主張することと、難病で「移植でしか治る可能性は無い」と医者から宣告された方たちを救済することとは、矛盾しないと私は考えている。

個人の生命の尊厳を守ることに反する「悪法」の制定を、未来の日本人に禍根を残さないためにも阻止したいと思う。

◎上記の元記事が期限切れの場合は、下記へ跳んでください m(_ _)m
 ■「脳死は人の死」で対立 臓器移植法、改正案一本化断念
 ■移植法改正案のポイント
 ■脳死後20年間心臓動いた例 米医師が報告
 ■河野議員が臓器移植法語る
 ■「脳死状態」診断の小児、半年後自発呼吸の例も
 ■【移植医療の死角】(1)死刑囚ドナー否定せず


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by rabbitfootmh | 2005-05-23 15:24 | 医療/生命倫理
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