二条河原落書

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「やっぱり、死んでいるとは思えない・・・脳死患者」


年明け早々に、「脳死・臓器移植法改正」に向けての動きがメディアで報道された。同じ頃、「安楽死法」の案も出てきたようである。どちらも、人間の「精神(魂)」の生死に関する研究を無視したまま暴走しようとしている。

「脳死・臓器移植」にしても、「安楽死」にしても、推進派の一番の論理的支えとなっているのは、「欧米でやっているから」という理由なのである。自衛隊のイラク派遣に反対する時は、対米追従の姿勢は、「アメリカのポチ」と侮蔑を込めて言い立てるのに、自分たちの都合の良い時には「日本も欧米並の水準に追いつけ」と言う。





いったい、日本人というのは、若者に限らず、いい年をした大人(60代70代でも)「自分でものを考え抜く」という習慣が身についていないらしい。限られた対象者を選んでアンケート調査をしたって、世論調査をしたって、たいていは「誘導尋問」のような設問と、最初からほぼ結果が予測されるような、お粗末なものなのだ。

で、たぶん、厚生労働省の研究班も、「脳死は人の死と考えて良いと思う」という医療関係者の割合が、「脳死は人の死ではない」と考える人の割合をはるかに凌駕しており、「もっと“新鮮な臓器”がたくさん提供されるような仕組み」の改正・臓器移植法を作る土台はできている・・・と考えていたに違いないのである。

ところが、ところが、なんと「脳死は妥当な死の判定法か」という質問に、「いいえ・分からない・無回答」と答えた医療者が、62%もいたのである。ヨーロッパでは、82%が「妥当である」と答えているという。

また、「一般論として脳死者からの臓器提供」には賛成していても、自分の家族(特に子ども)や自分自身は「イヤだ」と言う医療者も、60%以上なのである。なんとも「正直」に答えているものだ、と思うが、日々、医療現場で「人間の生と死」を見つめ続けている医療者たちが、「どう見ても、どう考えても、“脳死”というのが人間の死であるとは思えない」と感じているということの意見表明ではないかと感じる。

知人のある医者は、「そんなもん、いくら脳死で“死んでる”って言われたって、心臓が動いてて血は流れてるし、皮膚もピンク色で温かいんやから、“死んでる”と思えるわけないわ。体にメス入れたら、血圧がダーッと上がったり、動いたりするんやし、そら~コワイでっせ」と話してくれた。

ただ、脳死状態になると「自発呼吸」ができなくなるため、人工呼吸器を装着する。だから、推進派の医者たちは「自分で呼吸できない人間に機械で人工的に酸素を送り込んでいるのだから、さっさと外せば、どのみち死んでしまうじゃないか。臓器を取っても取らなくても、脳死者はすぐに死ぬんだよ」と言っているのだ。
この、「人工呼吸器」や点滴による「栄養剤投与」などによる延命治療を、“必要以上に”施さずにラクに死なせてくれ・・・という人の希望を聞き入れようとういうのが「安楽死法」である。なにかオソロシイ構図が見えてきたような気がしているのは、私だけだろうか?

皆さんも、よーく考えてくださいね <<(_ _)>>
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◆脳死は妥当? 現場の半数「わからない」
 〔アサヒコム 2005/01/10〕

  臓器提供に関連する全国の医療スタッフ約5000人を対象に、「脳死は妥当な死の判定法か」と質問したところ、半数近くが「わからない」と答えたことが、厚生労働省の研究班(班長・大島伸一国立長寿医療センター総長)の調査でわかった。欧州での同様の調査では8割が「妥当」と答えており、日本の医療現場では、脳死の受け入れや理解が低いことがわかる。
 (以下略)


◎上記の元記事が期限切れの場合は、下記へ跳んでください m(_ _)m
 ■アサヒコムより
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by rabbitfootmh | 2005-01-11 21:56 | 医療/生命倫理
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